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書評

折原浩著『学問の未来――ヴェーバー学における末人跳梁批判』

未來社2005.8.刊行

『東洋経済』2005.10.15.144

 

 

 「ウェーバーって詐欺師なんでしょ?アッハッハ!」

ある飲み会の席で、人文系の学者がウェーバーをあざ笑ってこう述べていた。3年前に刊行された羽入辰郎著『マックス・ヴェーバーの犯罪』(ミネルヴァ書房)の影響であろう。ウェーバーの主著『プロテスタンティズムと資本主義の精神』を文献学の拷問にかけ、資料扱いの杜撰なウェーバーを犯罪者として断罪した羽入氏は、「山本七平賞」の受賞によって論壇の人気を博し、今やその影響は、ウェーバーを読んでいない人にまで享楽を与えているようだ。「ウェーバー=詐欺師」説は、どうも酒のうまい肴になるらしい。

知識人というのはつまらないもので、誰かが批判されると、日頃のルサンチマンをぶつけて喜びたくなる。殊に、日本で学者の模範として崇拝されてきたウェーバーが犯罪者・詐欺師扱いされるとなると、本能的に頷きたくなる気持ちも分からないではない。戦後の知識人の多くは若い頃にウェーバーを熱心に読み、どこかで挫折した経験を共有するからだ。

批判を重く受けとめたウェーバー研究の重鎮、折原浩氏は、2年前に小著『ヴェーバー学のすすめ』(未來社)を刊行してこれに応答、またこの度、批判をさらに徹底させた大著『学問の未来』を上梓した。合わせて二書を、羽入書の論駁のために世に問うたことになる。異例の事態である。

ウェーバーを詐欺師とみなす羽入書が現れたとき、その文献学的に緻密な論理と推理小説風のシナリオ展開に、多くの人が魅了されたであろう。羽入氏のウェーバー批判を論破することは、かなり難しいとの論評も出た。ところが折原氏は、羽入氏よりもさらに文献学に分け入って、批判を見事に覆しているではないか。これはまったくの快挙という他ない。

ずばり言って折原氏の先の二書は、これまで書かれたどのウェーバー研究書よりも面白い。読者は、小著『ヴェーバー学のすすめ』の鮮やかな論理展開と独創的な解釈に、論争においてほとばしる知のパトスを味わうであろう。そして今回刊行された労作『学問の未来』もまた読者を惹きつけて離さない。細部にわたる批判がいちいち面白い。論争の決着はたんなるウェーバー研究を超えて、専門のルター研究やフランクリン研究に委ねられたかにも見えたが、折原氏はそれらの研究にも踏み込んで、文献学と社会学の二面から羽入氏に論難を浴びせている。特にフランクリンの啓示解釈は見事だ。また、羽入書には引用操作があり、天に向けて唾したとの批判もある。これはすでに、世紀の大論争ではないか。

橋本努(北海道大助教授)